寸劇『ハイド・アンド・シーク』
ある精神病院の開放病棟。
入院患者（Ａ）とその恋人（Ｂ）が話している。
Ｂ （歌う）海は広いな大きいな
Ａ なんだよ突然。
Ｂ ねえ、海って広いの。
Ａ そりゃ広くて大きいよ。って君、海見たことないの？
Ｂ うん、ないの。だってここ凄い山奥でしょう？ あたしこの辺から外に出たことないんだ。
Ａ そうなんだ。じゃ君の病気が治ったら見に行こうか海。
Ｂ え？
Ａ 海。
Ｂ ええ…。
そこにあやしい看護婦・Ｃ（韓国人）がやって来て二人のことをじっと見つめる。
Ｂ ねえ。
Ａ 何？
Ｂ あの人ずっとこっち見てる。
Ａ あれ？ 看護婦だろ？
Ｂ 違うよ。あの人、患者だよ。
Ａ でもあの格好は…。
Ｂ コスプレ好きの患者がいるって聞いたじゃん。あの人だよ。
Ａ そうかな。
Ｂ 気持ち悪いよね。
Ａ っていうかあれ日本人じゃないだろ。
Ｂ 東南アジアかな。
Ａ モンゴルだ間違いない。あれに似てる。今度、横綱になった。
Ｂ 朝青龍？
Ａ そう。
Ｂ （笑う）
Ｃ、つかつかと近づいてくる。
Ｃ 先生。ちょっと。
Ａ うん？
Ｃ （Ａに耳打ちする）
Ａ うん、わかった。（Ｂに）ちょっと行ってくるわ。
Ｂ 頑張ってね。
Ａ わかった。
Ａ、去る。
Ｃ どう？
Ｂ 駄目、まだ自分が医者だと思いこんでるみたい。今、なんて言ったの？
Ｃ ちょっと患者が暴れてるって。
Ｂ 本当なの。
Ｃ 本当。あの人、ああ見えて結構力強いから。
Ｂ でもおかしいよね。なんで背広なの？
Ｃ 医者だったら普通白衣だよね。
Ｂ 変だよね。
Ｃ 変だよ。
Ｂ この前もベッドから起きるなり、「おい朝飯、今日は出張だから早くしろ」って。
Ｃ ここ病院だってわかってないのかな。
Ｂ じゃない？
Ｃ ああはなりたくないよね。
Ｂ でもそういう人だからわたしがいないと駄目だし。
そこへＡが戻ってくる。
Ａ いやあ、大変だったよ。３０１号室の宮沢さん。自分が劇作家だって言い張るんだよね。
Ｂ そう。
Ａ 東京に戻るって言ってきかなくてさ。
Ｂの携帯が鳴る。
Ｂ ちょっと失礼。
Ｂ、去る。
Ａ どう彼女。
Ｃ 駄目です。先生のこと先生だと思ってないみたいです。
Ａ そう。さっきも海を見たことないとか言ってたもんな。
Ｃ 海？
Ａ ああ、漁師の娘なんだよ彼女。宮古島の。
Ｃ でも海を見たことがない？
Ａ 乖離性健忘症だなあれは。
Ｃ 先生のこと、恋人だと思いこんでるみたいです。
Ａ ああ、気を付けないとな。
Ｃ ねえ、先生。
Ａ ん？
Ｃ わたし、冥王星に帰りたいです。
Ａ え？
Ｃ 冥王星。わたしの故郷。
Ａ ……ああ。
（幕）
２００３年４月執筆 非公開初演済みの作品である。
宮沢章夫評：「これは井上ひさしのラジオコントにそっくりだね」
ちなみに私は井上ひさしのその作品を知らない。ただ井上ひさしは大好きである。ということで、宮沢評は喜んでいいものなのかどうか微妙である。
